【往信】 何通目の報告書になるのでしょうか。もう、忘れてしまいました。 しかもこれは、あっちゃんのもとへきちんと届いているのでしょうか。私には全く想像もつきません。それでもやっぱりこうして書くしかなく、出すしかないのです。これが私に残された最後の手段なのです。 私がこの部屋に閉じ込められてから、随分になります。 一体、外の世界では何が起きているのですか。ここから見える外の様子は前と何も変わりません。この部屋の風景だって、私達が一緒に過ごした頃とまったく同じです。ただ一つ大きく違うとすれば、私がこの部屋から一歩も外へ出られないということです。扉も窓も壁も開けることはもちろん、壊すことさえ不可能なのです。それだけではなく、部屋の外の情報を何一つ受け取ることができません。 これはどうゆうことなのですか。 なぜ、私ばかりこんなにひどい目に遭うのでしょう。あっちゃん、今、何処にいるんですか。一人になって羽根をのばしているのですか。きっと、いつものように友達とお酒を飲んで騒いで、流行りの歌をカラオケのために暗唱して、テレビではワイドショーやドリフを眺め、何でもかんでも手を出して、いろんなことを解った振りして、楽しそうにしているのでしょう。だけど、忠告しておきます。私と離れてしまったあっちゃんなんて、何の魅力もないはずです。今でも以前と変わりなく、楽しくやっているとしても、それはただの錯覚なのです。 はじめて会った時から、私はあっちゃんのことが嫌いでした。 どうしても許すことができなかったのです。私が生まれてから数年後に、あなたは突然現れました。それまで一人で穏やかに過ごしてきたはずの生活は、一変してしまったのです。はじめての共同生活というものに、私は戸惑い続けてきました。しかも、あっちゃんはミーハーで、いい加減で、飽きっぽく、無神経な言葉で人を傷つけ、そのうえいつもニヤけた顔したお調子者です。なのに、私よりずっとたくさんの友達がいて、毎日忙しそうにしていました。そこが、何よりも許せなかったのです。私は「ヒガミ細胞」で出来ているのでしょうね。とにかく、あっちゃんと暮らすようになってから、私のほうはさらにマイナーになり、人前に出る機会が減りました。周りの人達は、あっちゃんばかりに会いたがるし、私はこの調子で拗ねてばかりいるからです。私の出番が減ったのは、全部あっちゃんのせいです。二人だけでいる時、よく言い争いをしましたね。あっちゃんは私が何か言うたびに、「理屈っぽいの、問題外。」と聞く耳を持たず、私もあっちゃんの言動を「軽過ぎ、意味無し。」とバカにしていました。今ではあの時間がとても貴重に思えます。なぜなら二人の意見は見事に対極だったからです。たまに見せるあの、くだらないことに対する真剣な姿勢と、強烈な自画自賛ぶりはちょっと尊敬に値するものがありました。それにしてもなんで、あっちゃんはガキ大将みたいな人が好きなんですか?「強ければいい」なんて、動物じゃあるまいし。本当は、自分に自信がないから、誰かに振り回されていたいのでしょう? あっちゃんの、意外と古風なところも私は知っているのです。 ずうっと昔、私はあっちゃんに「部屋の中に大きな穴があく。」と、話したことがあります。憶えていますか。 その『穴』は晴れた日の午前十一時二十八分から開き始め、午後二時三十七分に最も大きくなり、午後五時ぴったりに姿を消すという話です。その時もあっちゃんは「あぁ?」と、言っただけでうたた寝をやめようとしませんでしたね。確かに当時は、私も現実と妄想が入り混じっていて、説明するのを諦めていました。けれど、今まさに、その『穴』は私の目の前に姿を現しているのです。話が前後してしまうけれど、私がこの部屋に閉じ込められ、あっちゃんがいないことに気付いた時、どのくらいの衝撃を受けたかわかりますか。同じ空間のなかでただ時間だけが沼の底の泥のように、私の毛穴を塞いでゆくのです。一時は時間という観念さえ、なくなりました。そして『穴』の存在をしっかりと認識し始めたのは、そんなパニック状態から抜け出た頃でした。昔、話した通りの時間に『穴』は現れ、そして姿を消すのです。変なものです。最初は気味が悪く、近づくのもイヤだったのに今では直径が最大となる時刻(午後二時三十七分から三時四十五分)には『穴』の縁に腰掛け、観察する程になりました。中はどうなっていると思いますか。そう、何もないのです。闇のように空間を感じることすらないのです。想像出来ますか。無理でしょうね。あっちゃんのような人には。悔しいだろうけど、こればかりは諦めてください。そして私が、『穴』の魅力にとりつかれていることも、到底わかってはもらえないのでしょう。何しろ『穴』は私の変化のない生活の中に『想像』という最大の快楽を与えてくれるのですから。今まで最悪だった「晴れた日の二時三十七分」は、最大の快楽へと変貌したのです。そうした『穴』との時間を過ごすうちに、あっちゃんへの報告書を『穴』へ投函しようと思いついたのです。何故そんなことをしたのかはわかりません。ただ、そうするべきだと思ったのです。それだけです。 実を言うと、投げ込んでいるのは報告書だけではありません。最近は、もう二度と、目にしたくないものすべてを投げ込んでいます。それが何だかあっちゃんには、わかるでしょう。 今日もあと少しで二時三十七分になります。 どうしよう、あっちゃん・・・。 |